3.挫折は成功の前兆だ

人生においてチャンスは誰にでも一度は訪れます。しかし、それは探さなければ見つけることはできません。

チャンスが自ら姿を現すのを待っているのは無駄なことです、この様子は公園の真ん中でただ、両手を広げボールが落ちてくるのを待っていることと同じ状態と言えます。

チャンスはあなたを追いかけては来ません、あなたのほうが、チャンスを追いかけ探し出さなければなりません。

世の中に日々様々な情報により、スポーツ、音楽、文学、テクノロジー医学、そして美術の世界で優れた才能と能力を証明する新しい発見が報じられています。

しかし、あまりにも多くの人々が、こうした才能は他人の中にのみ存在し自分の中にはないと考えている。しかし、優秀と思われている人たちもまたごく普通のありふれた人たちなのです。

私たち誰しも、適切なチャンスに出会うことが出来れば飛びぬけた存在になり得るのです、オリジナルな創造や制作をしたり、閃きをしっかり捕まえるチャンスが待ってくれています。

しかし私たちはあまりにもたびたびチャンスを逃し、ほかの誰かが自分の物になるはずだったチャンスをさらっていくのです。

ことわざの「百聞は一見に如かず」を信じている人々は、チャンスを次から次へと逃しながら生きていくのです、少し目線を変えて見れば、私たちは周囲にあふれているあらゆるチャンスに気づくようになるのです。

私たちは現在と未来に目を向けなければなりません。私たちは他人が見過ごしている場所に、あふれんばかりの豊かさを見いだすことを学ばなければなりません。

原色というのは、赤、黄、青の三つしかありません。しかしそこに潜在的な可能性を見いだした画家たちにより数多くの色彩が発見されました。

たった七つの音階を使い、音楽家たちはたくさんの作品を作曲する。偉大な詩人たちにとっては、アルファベットがたった二十六文字しかないということは何の足かせにもならない。

ほとんどの機会は危機や逆境や失敗という形で現れ、多くのサクセス・ストーリーはそうして始まるのです。

中国では機会と危機に同じ漢字を用い〈機〉と書きますが西洋では失敗という言葉は機会ではなく懸念という言葉と関連づけて考えられてます。失敗とは、新しい機会を切り開く成功への最高の踏み台を提供する方法にほかならないのに。

ある父親が息子の通知簿を見て、そのあまりの劣等生ぶりに愕然とした。

父親は息子に法廷弁護士になってもらいたいと考えていたが、校長はその可能性はまったくないと断言した、少年は落伍者であった。

そう、この少年がのちの英国史上もっとも偉大な指導者の一人となったウィンストン・チャーチルなのです。


挫折は彼に大志を抱かせました、奇妙に聞こえるかもしれませんが、失敗とは人間を立ち止まらせ、その人生を考えさせ、チャンスを探させる成功の前兆なのです。

 

失敗の数が多いほど未来の成功への可能性は高くなるのです。